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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和32年(う)210号 判決 1957年12月24日

控訴人 検察官

被告人 西田篤義

検察官 西向井忠実

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、鹿児島地方検察庁名瀬支部検察官事務取扱検事寺下勝丸作成名義の控訴趣意書のとおりであるから、これを引用する。

これに対し当裁判所はつぎのとおり判断する。

一  論旨第一点(事実誤認)について、

(一)  公訴事実二の(1) に対する原判示無罪理由に事実の誤認があるとする論旨部分について、

所論は、被告人が加島正子から公訴事実二の(1) 記載のごとき電報作成を依頼された際、その内容が虚偽であることを知つており、かつ、「モリヒデオ」「モリタツエ」なる人物は或は実在しないのではないかとの未必的認識を有していたことは証拠上十分認定し得るのにかかわらず、原判決が内容虚偽であること、および「モリヒデオ」「モリタツエ」が実在しないことについては、いずれもこれを認めるに足る証拠がないとし、虚偽公文書作成についての犯意を認めなかつたのは事実誤認であるというのである。

よつて、右事実に関する被告人の所為を調査すると、原審において適法に取調べた証拠によると、つぎのとおり認定できる。

被告人はその勤務先である名瀬地区電報電話局電報課に夜勤として勤務中昭和三〇年九月二一日午後六時頃加島正子から、「私達は五人組の女ブローカーを作つて自分達の資金を出し合い、不足の分は他から借りて、紬やドルを安く買い、東京、阪神方面に売り捌く商売をしている。グループが集めた品は私の叔父森秀夫が売り捌いて帰つて来ているのだが、一年前からこの仕事を始めて以来一度も失敗したことはなく大変儲かつている。叔父が全責任を持ち、私は女グループの責任を持つている。叔父は成功していま鹿児島まで帰つて来て「品物の売捌が成功したから安心せよ、次の高千穂丸で帰つて来る」という手紙が来ているけれども、グループの人達が手紙だけでは信用できないといつて信用してくれないので困つている。だから、「セイコウシタオヤカタト二四ヒタカチホニテタツヒデオ」と電報を作つてくれ、と申込まれたのに対し、被告人は、「打つてない電報を打つた形で作ることは偽造であるからできない」と拒否し、「森秀夫という人が鹿児島まで来ているのであれば、そんな内容の電報を本人に連絡して本人から打つて貰えばよいのではないか、本人との連絡はしてやる」と言つたところ、正子は、「向うからこちらに連絡はつくけれども、住所が一定していないので、こちらからの連絡はできない」というので、「さつき鹿児島まで来ているといつたではないか、連絡のとれない筈はない。事情はともあれ電報を作ることはできない」と拒絶したところ、正子は、「料金を支払うから鹿児島にいるあなたの友達に頼んで電報を打たせて下さい」というので、二階の電報課通信室で鹿児島回線(海底線)を利用し、鹿児島局を呼んだところ岩松正治が出た、同人には全然会つたこともなく、未知の間柄ではあつたが、同人に「つぎのような電報を鹿児島局の窓口から発信してくれませんか、料金は明日早速現金で送るから」といつたところ、岩松が引受けてくれたので、正子が紙片に書いてあるとおり、宛名人「名瀬市矢之脇町三班森タツエ、」通信文、「セイコウシタオヤカタト二四ヒタカチホニテタツヒデオ、」発信人「鹿児島電報局気付森秀夫」として発信を依頼した。岩松は料金二〇〇円を立替え発信紙に右のとおり記載して発信の手続をとつた。それから約一時間後に右のとおりの電報が「至急信」として有線自動通信機によつて着信した。そこで、テープに印刷されたのを電報用紙に貼布し、着検に持つて行き、着検で日付印、至急電報の印、発信局名、発信番号、受取人名の記録などの諸手続をすませ、階下の配達部門に昇降機で下ろし、被告人も階下に降りて行き、自転車置場のところに待つていた正子に電報が来た旨を告げ、配達窓口の配達員に「この人は豊正子であるが、森タツエさん達と商売仲間でいまから森さんの家に行くそうだから、この人に代理受取をさせてくれ」といつて、配達員から正子に交付させた。

以上が証拠によつて認定できる公訴事実二(1) に関しての被告人の外形的事実である。そして、検察官の指摘する証拠を綜合すると、なるほど、所論のとおり、被告人は正子から依頼された際、電文内容が、或は虚偽で「モリヒデオ」「モリタツエ」も実在しない人物であるかも知れないとの認識があつたと認定できないこともないようである。

しかし、電報の偽造ないし、虚偽作成はその電報自体についてであるから、通信士である被告人がたまたま正子から依頼されて鹿児島局の知人に同局発信の電報を依頼することの便宜を計ること自体は電報自体の作成についての右犯罪の構成にはかかわりのないことであり、その内容が虚偽であることを被告人が認識していても右の結論には影響はない。これは一私人が虚偽の発信を依頼しても、その依頼者が虚偽公文書に関する犯罪を構成しないのと同じで、被告人において通信士という身分を有していたとしてもその理に変りはない。通信士が自ら発信人となつて料金を支払い発信紙による諸手続をすませ、内容虚偽の電報を発信したところで同様である。そして、右のような依頼の結果、そのとおりの電報が鹿児島局から送信され、被告人がそのままこれを受信して電報を作成した場合、電文内容が虚偽であることを認識していたとしても、その送信通りの電文を作成することは何等虚偽公文書作成とはならない。たとえ被告人が正子から依頼された際、このような電報の発信を鹿児島局に頼むと、そのとおり送信され、被告人が受信することを予見していたとしても、同じである。

そもそも、日本電信電話公社は、電信電話営業規則第一条所定の文字、数字、記号による電報の発信の依頼があれば、そのまま発信する義務があり、その内容の審査をする義務も権利もない。否、審査は、公衆電気通信法第四条、(検閲の禁止)、第五条(秘密の確保)の限度において法禁行為である。これは憲法第二一条につながる問題である。したがつて、発信依頼内容が虚偽であることを確認する術はない。(たとえば、日本電信電話公社社員が知人より「コドモウマレタ」の発信依頼があり、社員はその知人に子供が生れていないことを知つていたとしても「コドモウマレタ」とは或は別のことを意味する符号として使用されているのかもしれないし、その事実を審査すること自体許されない。本件における正子の依頼した電文も本当は正子のいうところの「成功したから親方と共に二四日高千穂にて出発する」意味とは縁もゆかりもないことなのかも知れない。

つぎに、発信人不実在の点について検討する。被告人は鹿児島局の岩松には正子の指示通り発信人を森秀夫として依頼したのであるが、現実に発信するのは正子であるから、発信人欄を森秀夫とするのは正子が森秀夫から委任を受けている場合の外、電信電話営業規則第八条の関係から不当である。しかし、そのゆえに、その電報が発信人のない即ち発信依頼のない電報とはいえない。発信依頼はあくまで現実にその行為をした現存人の正子であり、正子が森の名を使つたところで、それが正子が依頼した電報であることの実体には変りはない。そうすると、本件において被告人が発信の依頼のない電報を、発信、受信の形をととのえて電報を勝手に作成したことにはならない。たとえ、電々公社社員において、甲が乙の名を使つて発信していることを認識していてもそのことにより或る場合他罪にふれることのあるのはともかく、虚偽公文書作成の罪に該当するわけのものではない。すなわち、公文書たる電報の偽造、変造ないし虚偽作成とは、(イ)作成権限のないものが作成する偽造、変造、(ロ)発信依頼のないのに勝手に電報自体を作成する、(ハ)発信依頼と異る内容のものを送信し或は受信文と異る内容の電文を作成する場合(日付などをも含む)等をいうのであつて、本件のごときは該当しない。

されば、所論指摘の誤認のあるなしにかかわらず、被告人の当該所為は虚偽公文書作成とならないことの原判決の結論には影響はない。所論は別異の見解に立つて原判決を非議するものであり、採用できない。

(二)  公訴事実二の(2) に対する原判示無罪理由に事実の誤認があるとする論旨部分について、

所論は、電文の発信人が実在せず、かつ、電文内容も虚構のもので、森秀夫が発信したものでないことを十分察知しながら、本件電報の送信方を鹿児島局に依頼したもので、電報を発信せしめると、必然的に虚偽電報が作成されることを被告人は職責上十分認識し得たはずであるのにかかわらず原判決が、これらについての認識がなかつたと認定したのは事実の誤認があるというのである。

ところで、原審において適法に取調べた証拠によつて認定できる右に関する被告人の所為はつぎのとおりである。

被告人は正子より前記(1) の依頼を受けてから、四、五日後再び同女より、「叔父が成功したので、四、五日したら黒潮丸で帰るという手紙が来ているが、皆が手紙だけでは信用せず、私達が鹿児島まで行くことになつた。四人一緒に行くと旅費だけでも相当かかるし、旅費は自分が負担せねばならないので困つている。何とか行かなくてすむようにしたいから鹿児島局からの発信した電報をたのむ」旨申込まれたので、有料電話で鹿児島局の春田野義夫に対し、正子が森秀夫のいるという鹿児島市安易町の大成旅館の秀夫に、「来る来るといつて来ないので、何時来るかをはつきりした電報を打つように」と連絡することをたのんだところ、一時間位後に春田野から被告人に同旅館には森秀夫なる人物は宿泊した形跡はないとの連絡があつたので、被告人は正子にその旨を伝えた。正子は被告人に、「森秀夫は或いは広島に行つているのかも知れない、あなたの友達にたのんで鹿児島から電報を打たせて下さい」としきりに懇願したので、右春田野に、料金は後で送ることにして正子の指示通り、発信人「森秀夫」名宛人「名瀬市新栄町四班豊正子」、通信文「クロシオニテカナラズカエルシンパイスルナヒデオ」なる電信を送信するようたのんだ。春田野は料金を立替えて発信紙に右のとおり記載して発信の手続をとつた。この電報は間もなく鹿児島局から送信され、名瀬地区の通信士実幹愛が受信し、証第四号の電報が作成され正子に配達された。

以上が証拠によつて認定できる公訴事実二の(2) に関しての被告人の外形的事実である。そして検察官の指摘する証拠を綜合すると、所論のとおり、被告人において、本件電文の発信人森秀夫が実在せず、電文内容も虚構のものであるかも知れないとの認識があつたと認定できないことはないようである。しかし、前記(一)において判断したと同一の理由により、所論指摘の誤認のあるなしにかかわらず、被告人の当該所為は虚偽公文書作成とならないことの原判決の結論には影響はない。論旨は理由がない。

二  論旨第二点(法令適用の誤り)について、

論旨は原判決が、被告人が鹿児島局の職員に依頼して発信せしめたのは公務に関してなされたものでないと認定したのは刑法第一五六条の公務の解釈を誤り、その誤りは判決に影響を及ぼすというのである。

しかし、記録によると、被告人が通信士であること、公器である海底線を利用したことは認められるが、被告人が正子の求めにより鹿児島局職員に依頼したのは被告人の電信業務に関してなされたものではなく、公器を利用した私用であることが十分認められる。したがつて被告人の右の行為が公務員としての違背となるのは格別公務に関してなしたものでないと判示した原判決は何等法令の解釈に誤りはない。また、所論引用の大審院判例は戸籍事務を管掌する市町村長において、届出事項の明白な虚偽を知りたる場合の説示で、戸籍簿は人の身分を公証する公簿で、その届出は法律上の効力、効果を伴うため記載事項の適法にして真実に合するを期するため、戸籍吏は形式的審査権を有し、受理に当つては、実体的形式的要件を具備するか否かを槙重に審査することを要する(民法第七四〇条・第七六五条第一項・第八〇〇条・第八一三第一項等)ところから帰結された判例であつて、本件には適切でない。

さらに論旨中被告人が正子と共謀して岩松、春田野を単なる道具に利用したものであるから、被告人が法律上の地位を濫用して虚偽公文書を作成したことに帰するとの所論は一において示した事実上の認定、法律上の判断に照し理由がない。論旨第二点も採用できない。

よつて、本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条により棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 二見虎雄 裁判官 後藤寛治 裁判官 矢頭直哉)

検察官の控訴趣意

第一点原判決は事実の誤認があつてその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである。

本件公訴事実の要旨は起訴状記載の事実中二の通りである。これに対し原判決は無罪の言渡をなしたが、その理由の要旨は、右公訴事実中「被告人が職務に関し『「モリヒデヲ」「モリタツエ」』が実在しない人物であることを知りながら『ヒデヲ』発信に係る『タツエ』宛内容虚偽の電信を作成しようと企て」た以外の事実は守屋奥良に対する副検事の供述調書二通、加島正子に対する副検事の昭和三十一年二月十一日附供述調書、岩松正治に対する検事及び司法警察員の各供述調書、春田野義夫に対する検事及び司法警察員の各供述調書、被告人に対する副検事の供述調書二通証第三四号を綜合して認めることができるが、右認定され得る以外の公訴事実は之を認め得る証拠不充分である。

却て被告人に対する副検事の供述調書二通及び当公廷における被告人の供述を綜合すれば、被告人は加島正子から公訴事実記載のような電報を打つて貰うよう頼まれた時は「モリヒデヲ」「モリタツエ」なる人物がともに右正子が言う通りの所に実在し、且其の電文に記載されているようなことがあるものと信じて、右正子の依頼に応じてなしたものと認めることが相当である。

されば以上の事実によれば、被告人は右正子から依頼されたことを真実と信じて名瀬市より鹿児島局に居る職員に依頼して前記のような電報を発信せしめて、名瀬局に於て受信せしめたものであるが、このことは一般公務員として忠実義務に違背するかどうかは別として、刑法上は被告人に虚偽公文書を作成するという犯意がないばかりか、鹿児島局の職員に依頼して発信せしめたのは公務に関してなしたものではないと解さねばならない。されば被告人に対しては結局犯罪の証明がないことに帰着するので無罪を言渡すべきであると謂うのである。

仍て先づ原判決が被告人に虚偽公文書作成の犯意なしと認定した理由を各事実毎に付いて検討する。

一 本件公訴事実中二の(1) の事実関係について

1 加島正子に対する検察官作成の第二回供述調書中「九月二十日午後八時頃名瀬電報電話局に赴き同局北側自転車置場附近に被告人を呼出し、同人に対し私は今四、五名のグループとドル商売をしているが此のドルを私の叔父に売ると叔父が内地に持つて行つて非常に儲かる商売ですといつもの通り口から出まかせの嘘の話をしたら、女がよくそんな商売が出来ますね自分だけ儲からずに私達にも儲けさせたらいいのにと冗談を言つておられました。次いで私の叔父は鹿児島の大成旅館まで来ていて近日中に帰ると言う伝言がありましたけれども、伝言だけでは皆が安心しないので電報があつたら皆が安心するから「セイコウシタ二四ヒタカチホニテオヤカタトトモニタツヒデヲ」と言う電報を矢之脇町三班の森タツエ宛鹿児島から打つた様に作つてくれませんかとお願いしたところ、篤義さんはそんなことは絶対に出来ないと何回も断りました。そして篤義さんは大成旅館にいるのであればこちらから電話をして本人に電報を打たせましようと言いましたので大成旅館に電話をしてもそんな人がいる筈はないのですから電話をかけさせないようにしようと思い、商売人だから夜はいないでしようと言いました。尚其の時この前も清盛さんに二通電報を作つて貰いましたが、決して御迷惑はかけませんと一生懸命にお願いしたら、とうとう引受けてくれ、自分の友達が鹿児島局にいるから其の人に頼んで打たせようと言つて、二階の方に上つて行きました。約十分位して一旦篤義さんは降りて来られ約四十分位待つていてくれと言われましたので私は矢張り郵便局北側の道路脇にある自転車小屋のところに待つておりました。約三十分位して篤義さんは電報を持つて降りて来て、森タツエの処に配達させようかと言いましたが私は私が貰つて行きますからと言つて、其の場で貰いました。其の時篤義さんは見せたら必ず破つてくれ、これがバレたら馘になるからと何回も念を押しました。私は見せたら必ず破りますから決してバレルようなことはしないと言つて安心させたのであります」旨の記載(記録第五八丁裏乃至第六一丁表)又同女の司法警察員に対する右と同旨の供述調書の記載(記録第七八丁表乃至第八〇丁裏)

2 岩松正治の検察官に対する供述調書中「日本電信電話公社の施設を利用して電報を発信する場合は電信電話営業規則によつて、1 発信紙に記載した上取扱局に届出す。2 加入電話又は公衆電話で直接電報局電話託送係に申込む。3 電報配達員に依頼して発信する。の三方法に制限しておる様であります。それで海底線を利用しての発信依頼は受付出来ないのであります。又本件の場合西田さんが友達から頼まれたから、名瀬市矢の脇町森タツエ宛発信してくれとの事で、名瀬市におる者に発信するのに名瀬電報局員から依頼されること自体不自然で虚偽の電報である事はすぐ判りましたので受付けるべきでなかつたのですが、私としては発信名義人にしてくれと言う森秀雄は、名宛人森タツエの夫で何処か旅行しており何かの都合で帰りが遅れたかどうかで、奥さんが心配しているのでその友達が心配して斯様な電報を西田さんに依頼して打つて貰おうとした位に考え、又同じ局員の依頼でもあつたので断り切れず、其の儘受付けて発信してやつたのであります。発信した電文は「セイコウシタオヤカタト二四ヒタカチホニテタツヒデヲ」でこれは西田さんが依頼した通りで自分でつけ足したり削つたりしたものではありません」旨の記載(記録第一二六丁表乃至第一二八丁表)並に「この電報の発信人、名宛人は西田が依頼した通り発信人鹿児島電報局気付森秀雄名宛人名瀬市矢之脇町森タツエとし又西田の要求により至急電報にしました。私は森秀雄並に森タツエと言う人は会つたことがないので、全然知りません。又実在する人かどうかも知りません。又、前述通り西田さんに依頼されて発信したのであつて鹿児島電報局に森秀雄と言う人が来て発信を依頼されたのではありません。」旨の記載(記録第一二八丁)又同人の司法警察員に対する供述調書中「私は西田さんが依頼する際友達の人から頼まれたと言う事を申して居りましたが、発信人名義の森秀雄さんでないと言う事は充分判つておりましたが、それは森さんの奥さんではなかろうかと思い、その奥さんに安心させる為の電報で真実森秀雄さんが発信していない事及び内容は虚偽であるということは、暗黙のうちに西田さんの送信を聞いて意見が(西田さんが思つていること)判つきり通じて居りまして、名瀬で受信する電報は当然虚偽の内容及び形式ではないだろうかと言うことも送信前から判つていました。」旨の記載(記録第一三九丁)

3 被告人の検察官に対する供述調書中「私は正式に電報局の窓口を通つて有料で打つたものであれば、例え内容がどうあろうとも通信士として何も責任はなくこれは偽造にはならないと思い云々」の記載(記録第二九五丁表)「私としては森秀雄と言う人が正子の言う通り、大成旅館に本当に泊つているのかどうか何も証拠がないので確めたかつたのであります。本当に正子の言う通り森秀雄という人が大成旅館に泊つているのかどうか半信半疑だつたからであります」旨の記載(記録第二八八丁表)

又被告人の司法警察員に対する供述調書中「森秀雄本人に直接連絡して本人から打たせる様にすればいいぢやないかと言つたら、こちらからは叔父に連絡の方法がないと言うのは何処に居るか判然せぬのでお願いするのです、この電報は自分のグループだけしか見せないし見せた後はすぐ破つて棄てるか、又はお返ししてもいいですよと言いますので最悪の場合の責任は受取人にある事だしとも思つたのでした。」旨の記載(記録第三一八丁)及び「森秀雄なる人が大成旅館に実在しようがすまいが、其の人の意思でなく、只正子が勝手に作つて打つ電報だなあと言う事は充分承知しており、正子より作つてくれと依頼されて電報を作ると偽造になるから料金を正式に納め発信局の鹿児島を通じてやれば、正子の依頼する電報が正式な行程を経て作成されるし、自分でも責任がのがれると思つて岩松、春田さんに依頼したのでした」旨の記載(記録第三三七丁表)

等を彼是綜合考覈すれば、被告人は加島正子から公訴事実二の(1) 記載の如き電報の作成方を懇請されて鹿児島電報局職員の岩松正治に対し海底線利用により送信方依頼をした際、同人に於てさえも前示の如く、本件電報の内容が虚偽の電報であることを直ちに察知し得た旨の供述を為して居り前掲加島正子の本件電報の作成方依頼の経緯に関する供述記載内容と照応し、当時被告人に於ては既に「モリヒデヲ」「モリタツエ」なる人物は、或は実在しないのではないかと未必的認識を有していながらも本件虚偽内容の電報の送信方を岩松正治に依頼し、これを被告人自ら受信して本件電報送達文書を作成したものと認定するに難くない。

尤も被告人の検察官に対する供述調書中、加島正子から本件電報の依頼を引受けるに当り同女に対し「森さんと言う人は確かに鹿児島に来ておる事は間違いないかと念を押したところ、間違いないと言いましたので電報を打つて貰うことを引受けたのであります」旨の記載(記録第二九五丁)があり右認定事実と矛盾せる点が散見せられないではないが、該供述部分は前示岩松正治、加島正子の供述調書の記載内容に照し措信し難い。殊に本件電報の発信が「モリヒデヲ」の依頼に係るものではない事は、前掲挙示に係る被告人の司法警察員に対する供述調書中「モリヒデヲなる人が大成旅館に実在しようがしまいが其の人の意思でなく只正子が勝手に作つて打つ電報だなあと言う事は充分承知しておつた」旨の記載(記録第三三七丁)及びこれに照応する前示岩松正治の検察官に対する供述調書中「本件電報は被告人に依頼されて発信したのであつて鹿児島電報局には森秀雄と言う人が来て発信依頼したものではない」旨の記載内容に徴し、明かに認定することが出来る。従つて少く共此の点において本件電報が虚偽の電報である事を、頭初から充分認識していた事を認定できる。然るに原判決は、右公訴事実中「モリヒデヲ」「モリタツエ」が実在しない人物である事を知つていたとの事実は之を認め得る証拠が不充分であるとし、却つて被告人の右供述調書、被告人の当公廷の供述を綜合すれば、前記正子の依頼内容を真実であると信じ其の電文に記載されているようなことがあるものと信じてなしたものと認めるのが相当であると判示したのは、全く証拠の取捨選択を誤り事実の誤認に基くものであると謂うべきである。

二 本件公訴事実中(2) の事実関係について

1 加島正子の検察官に対する第二回供述調書中、同女が被告人に本件公訴事実記載の如く電報の作成方を依頼した際「篤義さんは大成旅館に泊つているのであれば鹿児島局の友達に電話して友達から大成旅館に行つて貰うと言われましたので致し方なく篤義さんから電話をして貰いました。」旨の記載(記録第六四丁)及び「被告人が鹿児島の友達に頼んでみたらそんな人は大成旅館にはいないと言う返事でそちらから電報を打つてくれと頼んだら、バレたら大変なことになるからと言つて断られたと言うことを言われました」旨の記載(記録前同)又同女の司法警察員に対する右と同旨の供述調書の記載(記録第八三丁裏乃至第八五丁表)

2 春田野義夫の司法警察員に対する供述調書中「午前十時前であつたと思いますが、私の机の上の無線電話のベルが鳴つたので受話器を外すと名瀬電報電話局からの電話で私は名瀬の指導主任の西田ですが黒木さんにお願いしますと同じ運用主任の黒木和夫三十二、三才を呼んでくれと言つて来ましたが、黒木さんが居なかつたので、黒木さんは不在である旨を告げ、私は運用主任の春田ですと言いますと、実はお願いがある私の友達の女から頼まれたのだが、易居町の大成旅館に行つて森秀雄と言う人に会つてくれませんか、用件は名瀬の方で心配して困つているから次の便船で帰ると言う電報を打つてくれと伝えて下さいと言う意味のことでした。詳しい事は判りませんでしたが、1 西田君が友人の豊正子とか言う女の人から頼まれて電話をしたのであること、2 易居町の大成旅館に居る森秀雄に会つて豊正子宛に「次の便船で帰る」旨の電報を打つよう連絡してくれ、と言う事であること等は判りました」旨の記載(記録第一五〇丁裏乃至第一五一丁裏)並に「昼食時に大成旅館迄行き女中に会つて森秀雄を尋ねますと、其んな人は泊つていませんと言う事で仕方なく局に帰つて、有線電信で名瀬局の西田君宛にお尋ねの森秀雄は大成旅館にはいなかつたので連絡できなかつた」旨の記載(記録第一四六丁)及び「今度はそれでは貴方が代つて電報を打つてくれませんか、名宛人は名瀬市○○町○班豊正子、発信人は居所は(何であつたか忘れましたが)名前は森秀雄、本文○○丸で必ず帰る心配するな秀雄、として打電して下さい。手紙は別に来ているが電報が来ぬと安心せぬそうだから、と言うので私がちよつと変だな手紙が来て居ればそれでいいぢやないかねと言うと、西田君はいや私も頼まれて困つている是非お願いします、決して貴方に迷惑はかけませんから、と言うので私は今金の持ち合せもないし困るというと金はすぐ送ります、是非と再三頼むので、私も断りきれませんでした」旨の記載(記録第一五二丁裏乃至第一五三丁裏)又同人の検察官に対する供述調書中「私は大成旅館に森秀雄と言う男は居なかつたので、同人名義で鹿児島から電報を打つことは少し変だと思つたので、一応西田さんに無線電話で一応手紙も来ているのだから電報を打つ必要はないだろうと言つて断つたのであります。然し西田が俺も頼まれて困つているから、是非打つてくれと言うので同じ局員でもあり断り切れずに未知の豊正子宛森秀雄名義で打電したのでした。それで依頼の電文が虚偽のものであることは判つていましたが、私としては、西田の知り合が森秀雄の電報を見なければ何か安心できない事でもあるのだろう位に考えて、西田の言つた通りの電文で発信したのでした」旨の記載(記録第一四二丁裏)

3 被告人の検察官に対する第二回供述調書中「春田さん貴方が代つて電報を打つて下さいませんか、料金は後で送りますから云々」及び「同人はそれは可笑しい、本人でない者が電報で打てるか、若し本人が次の黒汐丸で帰らない場合受取る方では後で問題になる事ではないかなあーと言つて渋りました。私は、そうなんです、私も知人の女に頼み込まれて困り切つているのです。本人も此処に来ていて別に心配はないし迷惑はかけないと言つておりますから、何とかお願い出来ませんでしようか、と言つたら何とか彼とか言つて渋つている中に交換手は時間の流れを二分ですとか三分ですとかと告げるし、春田さんもとうとう引受けてくれました」旨の記載(記録第三〇四丁裏)及び「春田はおかしいおかしいと言い乍らやつと引受けてくれました」旨の記載(記録第三〇五丁裏)又被告人の司法警察員に対する供述調書中「森秀雄が事実発信人でないと言う事は旅館も調査しておりますので知つているわけで嘘の電報だと言うことは充分知つて発信したわけであります」旨の記載(記録第三三九丁)等を綜合すれば加島正子の本件電報の依頼内容は虚偽であること、即ち発信人「モリヒデヲ」が実在しない人物であること、通信文の「黒汐丸で帰るから心配するな秀雄」が虚構の事実であること、従つて本件電報の発信人は森秀雄の依頼に係るものでないこと、等を充分窺知し乍ら本件公訴事実(2) の記載の如き電文の送信を春田に依頼した事実を認定するに充分である。されば被告人は右正子の依頼内容を真実と信じて鹿児島電報局職員に前記のような電報の送信を依頼せしめたとの判示認定は、全く事実誤認に基くものと謂うの他はない。

以上要するに(1) の事実については、森秀雄なる人物が実在するかしないかは別としても、同人が発信したものでなく、従つてその電文内容が真実でないことを窺知しながら、鹿児島電報局員の岩松正治に発信方を依頼しこれを自ら受信して電報を作成したものであり、(2) の事実に付いては前示の如く本件電文の発信人が実在せず且つ電文内容も虚構のもので、森秀雄が発信したものでないことを十分察知しながら、本件電報の送信方を鹿児島局に依頼したもので、且つ電報を発信せしめると必然的に右虚偽電報が作成される事は、被告人の職責上充分これを認識し得られた筈であるに拘らず、右所為は単に公務員としての職務違背として、刑事上の責任について犯意を認め難いと断定したのは、事実の誤認も甚しいと謂わざるを得ない。

以上の事実誤認は判決に影響を及ぼすものであることが明白であるので破棄を免れないと信ずる。

第二点原判決は法令の適用に誤りがあつて、其の誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかである。原判決が本件電報を鹿児島局の職員に依頼して発信せしめたのは公務に関しないと判示したことは、其の趣旨必ずしも明らかでないが、本件公訴事実中(2) の事実関係に付て、鹿児島電報局春田に、本件電報の送信方を依頼したのは、被告人であることは前述の如く明かであり、其の受信竝にこれが電報送達文書を作成したのは被告人ではなく本件電文が虚偽のものであることの情を知らない名瀬電報局職員実幹愛であることは、被告人の検察官に対する供述調書中、「この電報を受けた手記番号<21>は、通信士実幹愛でありますから、同人が受信して作成したものであると思います。実幹愛にはこの電報は偽電なることを何も話してありませんでしたので、同人は知らないと思います」旨の記載(記録第三六六丁裏第三六七丁表)及び証第四号電報送達紙文書の存在により明かであり、これ等の事情から推して、本件電報を発信せしめたのは公務に関しないとの判示は、恐らく昭和二四年(れ)第一、四九六号昭和二十七年十二月二十五日最高裁第一小法廷の判決に則り、公務員でないものが、虚偽の公文書作成の間接正犯であるときは、刑法第一五七条の場合の他、之を処罰しないとの事由により、本件は被告人に於て、電報依頼内容が虚偽である事実を知り乍ら送信を依頼したものであつても、それが公務に関せず一私人の立場においてなされたものである限り、情を知らない公務員の利用による虚偽公文書作成は、間接正犯としても、被告人に対し、本罪の成立を否定する趣旨に出でたものと思料せられる。因つてこの点につき検討するに、加島正子が本件電報の作成方を被告人に依頼したのは、被告人が電報局職員の地位にあるが為であり、被告人も亦自己が電報局職員の地位にあるが故に、斯る電報の作成につき便宜取計いが出来る趣旨の下に加島正子からの懇請を容れ、本件電報の送信方を鹿児島電報局の職員に依頼したものであることは、被告人の司法警察員に対する供述調書中「希望した通りの本件電報が出来たと言うことは、その仕事に携つて居ればこそである云々」の記載(記録第三三八丁表)に徴して明かである。従つて本件電報を鹿児島局の職員に依頼して発信せしめたのは、被告人が電報の送受信電報送達文書の作成権限の地位にあることに基いて行われたものであつて斯る権限のない公務員の虚偽電報送達文書作成の間接正犯とは目し難い。即ち本件電報を鹿児島局の職員に依頼して発信せしめたのは、公務に関しないとは言い難いのみならず、被告人が電報送達文書の作成権限を有する公務員である事は明らかであり従つて前示判例に言うが如く公務員でない者が虚偽公文書を作成させたものに該当するものとは解し得ない。然るに原判決は本件電報を送信せしめたのは公務に関しないとして直ちに以て本罪の成立を否定するが如き態度に出たのは、全く右判例を誤解し、延いては、刑法第一五六条の解釈を誤つた結果に基くものであると言わざるを得ない。前示認定の如く被告人に対し虚偽公文書作成の犯意を認め得べき本件事案に関し公務に関して送信されたものでないと解する旨の原判決の法令の誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかである。尚被告人は電報送受信の職務に従事する者は、電報発信方依頼された際に例え電報内容が虚偽のものであつても、これが内容を審査する権限がないので電報送受信せざるを得ない旨の主張をなして、本罪の成立を否定するが如きであるが、電報送受信の職務に従事する公務員が、その発信依頼を受けた際にその依頼の実質的内容に立到つて審査する事はもとより許されないが、電報送受信の際、苟もその内容が虚偽のものであること明白である場合においては、之が発信を拒否し得べく、従つてその内容が虚偽のものであることを知りながら、之が作成をなした以上法律上の作成義務の如何に拘らず、本罪の成立を認めるを相当とすべく、(大正六年(れ)第三五一七号・同年七月二十六日大審院刑事一部判決参照)仮りに消極的意見を採るとするも、公務員が他人とあらかじめ共謀し、その他人をして一定の手続を履ましめ、自己の法律上の義務を濫用して、虚偽の文書を作成したときは、最早刑法第三五条の正当行為の範囲を逸脱し本罪の成立を認むるを相当と解する。然るところ、被告人が本件電報を作成するに至つた経緯は前掲の証拠からも窺われる如く、加島正子が自己の仲間を欺く為に、電報を悪用するものであることを知り且事実上の名宛人及び発信依頼者である加島正子は、受信地である名瀬に在り、それを受信局である名瀬電報局から、公器である通信機を悪用し或は電話連絡等により、発信局である鹿児島電報局の職員に依頼して同人と通謀の上、内容虚偽の電報を名瀬局へ発信せしめて、本件虚偽電報送達文書を作成したものであつて、然も公務に関してなされたものである以上、電報局職員をして、電報送信の事実があれば、之を受信して電報送達文書を作成しなければならないと言う、法律上の地位を濫用して、虚偽公文書を作成したものと言うべく従つて被告人の本件行為は職務上の正当の範囲を逸脱し、その罪責は免れないものと解する。尚被告人は所定の形式を整え所定の電報料を納めれば、内容が例え虚偽であつても、差支えないと思つていた旨主張するが右は単なる刑罰法規の錯誤であつて、犯意の成立を阻却するものではない。以上述べた如く、原判決には法令の適用に誤りがあつて、その誤りは明らかに判決に影響を及ぼすものと謂わなければならない。

叙上の理由により原判決は到底破棄を免れないものと信じ控訴に及ぶ次第である。

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